スイスのコロナ対応と給与補償の話

コロナが流行って、減益している会社はどのように従業員に給与を払っているか、スイスの給与補償に関して書いていきます。

 

  • スイスのコロナの始まり
  • 給与補償の仕組み
  • 失業者数と給与補償者の数
  • 働かなくてもお金がもらえる

 

2020年2月15日にヨーロッパで初めてコロナによる死者が出て以降、各国で感染者の報告が続々と増えた。それまで対岸の火事と思っていた人々も徐々に深刻に受け止めるようになって、職場でも話題に上がるようになった。

 

  • スイスのコロナの始まり

2020年2月25日にスイスで最初の感染者が確認された以降、3月初旬に増加し初め、3月16日、前日には328名の感染者だったも関わらず1065名の新規感染者を確認。

当日に疫病のアラートとして最上位の非常事態宣言が発せられた。これによって州政府が持っている権限が制限され、連邦政府が危機に対応する決定を下す状態になった。物流とセキュリティのため軍隊の8000人が投入された。

 

アラートの種類を下書いておきます。ヨーロッパは疫病と戦ってきた長い歴史があるので、この辺りの法律がしっかり整備されていて感心する。興味ない方は飛ばしてください。

 

スイスの疫病に関するアラートの種類

 

・Nomale Lage (平常事態)

疫病に関する法律では、平常時には基本的に州が疫病法(EpG)と疫病条例(EpV)を実施し、伝染病の予防と管理のための措置を命じる責任があると規定されています。州は、個人(検疫、隔離など)や団体(イベントの禁止など)へ、対処するための様々な手段を自由に利用することができます。これらの措置は疫学法で規制されています。通常の状況では、例えば、情報や勧告、出入国に関する措置などの分野で、連邦議会は限られた権限を有しています。さらに、州による法律の実施を監督し、スイス国内で統一的な実施に州が関心がある場合にはその調整を行います。

 

・Besondere Lage (特別事態)

特別な状況下では、通常時の州の責任である一定の措置を、連邦理事会が自ら命じる権限が与えられています。これは、調整機関や保健局長会議との協議など、州の意見を聞いた後にのみ行われます。

特別事態となる状況は下記のシナリオです。

通常の法執行機関が一定の状況下で適切な措置を講じることができなくなった場合には、特別事態となります。

さらに以下のいずれかの条件を満たしている場合。

感染拡大リスク、公衆衛生上の脅威、深刻な経済的影響、世界保健機関(WHO)が国際保健規則の下で健康上の緊急事態を確認し、スイスの公衆衛生が危険にさらされている場合には、特別辞退となります。

特別事態では、連邦議会は以下の措置を命じることができる。

・個人対策に対する措置(例:イベントの禁止や制限。学校、その他の公的機関、民間企業の閉鎖、営業規制、特定の建物、地域、特定の場所での活動への出入りの禁止、制限など)

・感染症対策に医師を参加させる

・予防接種を義務化する

・権限は法律に網羅的に記載されています。連邦議会は、特定の政令(特定の行事の禁止など)または条例(スイスや特定のカントンでの公 共の行事の禁止や制限など)のいずれかの形で措置を命じることができます。特定の状況下では、連邦内務省が連合の措置を調整している。

 

・Ausserordentliche Lage (非常事態)

公衆衛生に対する異常な脅威が発生した場合でさらなる措置が必要な場合には、連邦議会は、疫学法に基づいてこれを発令し、連邦法に根拠のない警察緊急条例を発行することができる。特に感染症の分野では、予見できない急性の重大な公衆衛生上の脅威が今後も予想され、法律には具体的な規制がない。国内の治安が危うくなりかねないこれらのケースでは、迅速かつ的を絞った介入が可能でなければならない。憲法緊急事態法は、連邦議会が迅速に、ケースバイケースで適切な措置を命じることを可能にしています。そのため、「特別事態」とは対照的に、立法府レベルで特別な状況を詳細に定義することはできません。

  

※2020年9月30日現在でレベル2の「特別事態」に引き下げられてます。

 

 

確かに、非常事態宣言が発令される前後から、山間部の駅でも軍人と警察が警備しているのをよく見かけるようになった。立法府の規定なしに、軍隊や警察を投入できるのか。恐るべし非常事態宣言。

 

そして、イースター休暇を間近にした、3月19日、スイス全土で生鮮食品を扱うスーパーなど以外の、生きていく上で不可欠でない商店、映画館やクラブなどの娯楽施設、レストランなどの営業が禁止され、事実上のロックダウンが始まった。もちろんスキー場も。

さらに5人以上の集まりを禁止にしたり、自宅でのリモートワークが推奨されたり、公共交通機関の運行が激減したり、握手の代わりに肘を軽くタッチする挨拶にかわった。

ただ外出禁止ではなく外出自粛であったため、外でスポーツなど個人の活動は許されていた。

 

オフィスでの仕事は継続が可能であったため、事業を継続しているところが多く、通勤が自粛されリモートワークに切り替えられた。道路には車も少なく、電車の中は、ひと車両に自分1人という時もあった。

この頃にスイス軍は備蓄されていた防疫資材を放出し、素早く病院に配備。国境は全体的に閉じられ、認可を受けた人以外、EU諸国からの出入りも事実上できなくなった。

 

  • 給与補償の仕組み

商店やホテルで働いている人、レストランのコックや給仕、タクシーやバスの運転手、ゴンドラのチケット係に至るまで、多くの人が仕事をストップせざるを得なくなった。

客もいないし、そもそも多くの場所が営業禁止なので働けない。当然売り上げも立たず、経営者は固定費を払えない。人々の給与はどうなったのか。

 

スイス政府はロックダウンから10日以内に、すぐにコロナの影響によって減益が生じる企業への給与補償の受け入れを開始した。この短時間操業による給与補償は、もともと不可抗力による企業の経済的困窮に対応するために、従業員の給与を税金で補填、補償する制度でコロナ以前より整備されていた。これが適用された。

 

どのくらい補償されるかというと、なんと給与の80%が補償される。

なかなか想像がつかないと思うが、働かなくても給与が税金から支払われるのだ。

 

連邦政府が計算例として挙げていたものを引用する。給与金額に驚くと思うけど、これがスイスクオリティなのだ。

 

①生地作る人(織物職人)で額面で給与をCHF3’910もらっている人、受注がなく全く働けなくなった場合。

ちなみに、スイスの月給の最低賃金がこのくらい。

この人は3’910×80%=CHF3’128が給与補償で額面の給与になる。

 

②銀行のマネージャー、額面で月給CHF11’500をもらい、勤務は普段の50%しか出来なかった場合。

50%は勤務しているので、雇用主が11’500×50%=CHF5’750を負担。

給与補償として(11’500×80%)×80%=CHF4’200が支払われる。

この人の給与額面はCHF9’950になる。

 

この給与補償にも上限があって、補償対象は月給CHF10’500まで。なので、月々CHF20’000もらっている人も、CHF10’500と計算されている。だからこの銀行のマネージャーの場合も、(11’500×80%)×80%=CHF4’600ではなくて、(10’500×80%)×80%=CHF4’200となる。

 

ここから税金等で20%前後控除されるけど、生きていける。というか全然、普段と変わらない生活を送れる。

 

全く働けなくても、生地作る人はCHF2’500くらい、銀行のマネージャーはCHF6’700くらい、手取りでもらえるのだ。

 

雇用主は従業員を当面は解雇せずに済む。

 

通常は煩雑なこの申請を、コロナ発生後は簡素化して、申請者がすぐに申し込めるようにした。補償を受けるにあたって、雇用主は前年度の売上や社会保険費の納税金額等を提出する必要があるけど、実際に売上が減損あるいは見込みがあれば、ほぼこの給与補償申請は受理され、州政府から会社の口座に振り込まれ、従業員にそれぞれ支払われる。

 

州政府側の確認作業も楽になり、あっという間に承認されるようになった。不正受給も発生するだろうが、監査をやろうと思えば後からでもチェックできる。何より失業者が増え、失業保険の支出が増える。会社は必要な時に人がすぐに確保できないので生産性が落ちて、経済が低迷する。人々が困窮してお金が回らなくなった場合は、さらに治安が悪くなる。こういったさらなる社会的コストが発生する方が、一部の不正受給よりも多くの不利益が発生するのだろう。スイスの行政官の処理能力もそうだが、政治家も非常に優秀だ。

 

ただ6月1日から会社の経営者や管理職のポジションの人、並びに職業訓練のため籍を置いている従業員は給与補償の対象から外された。

 

最初の申請は6ヶ月間有効で、その後は3ヶ月ごとに延長するかたちとなる。トータルで最長12ヶ月が補償される。

 

当初は最長12ヶ月と規定されていたが、これが2020年9月1日改定され、最長18ヶ月となった。

 

会社は18ヶ月間は少なくとも従業員を守ることができるようになった。

 

18ヶ月もあればビジネスモデルを見直し、体制を立て直し、新規サービスで売上を作ることができる。もちろんコロナ後の世界に対応できなかった事業は駆逐される。それはどこの世界も一緒だ。今が経営者や企業家の正念場なのだ。

 

12ヶ月から18ヶ月に延長した背景としては、コロナ前のように経済が正常化するのに、12ヶ月以上かかると連邦政府が考えているからだろう。2020年3月からこの異常な状態が始まったと考えると、2021年9月までは雇用を税金で守る必要があるのだろう。

 

税金が高くこれまで国民がたくさん支払ったから、給与補償に回せるお金が国庫にあるんじゃないの?

と思われるかもしれないが、これまで5年スイスに住んでみて、個人にかかる税金は正直日本とほぼ変わらないと感じる。給与から控除される金額は日本もスイスも20%前後だし、消費税はスイス7.7%日本は10%。給与関係以外で個人にかかる税金は逆にこちらの方が安く感じる。車持っている人なら重量税があるが、これも収入との割合でいったら日本の方が高い。出かけるときに高速使えば、日本は必ず通行料払わないといけないけど、こちらは年間CHF50支払えば乗り放題。

 

もちろん国ごとにそれぞれ違う問題があるので、日本が悪くてスイスが良いという議論がしたいわけではなく、どういう状況なのか理解するために書いてます。スイスの生活費に関しては別の記事でまとめます。

 

  • 失業者数と給与補償者の数

コロナ前とコロナ後で、どのくらいの人たちが職を失ったのか。

 

2020年2月で117’822人、失業率は2.5%。2020年8月には151’111人で3.3%となっている。大体、2ヶ月後くらいに発表があるので現状これが最新です。

 

規模感としてはスイスの人口857万人で、20歳から64歳までのいわゆる生産年齢人口は527万人くらい。失業率の母数は有給雇用者数というもので464万人。その中で15万人が失業したということ。

 

で給与補償の状況はというと、2020年4月には131’069の法人が申請し1’077’041人が給与補償を受け取った。直近の公式の発表では2020年6月で法人数52’405、488’312人が対象となった。ちなみに1年前の2019年6月は84社で1’507人であった。

 

すごい数の人が給与補償を受けている。企業は一時的な雇用の喪失を回避し、雇用を維持することができる。短縮操業による政府からの給与補償は、経営者に解雇に代わる選択肢を提供している。

受け取る側は、スイス国籍を持っているかいないかは関係なく、会社と労働契約書を交わしていて会社が短時間操業に申請していれば、貰える。

 

SECO(スイス連邦経済事務局)のスイス労働市場各月レポート

 

短時間操業による給与補償の年間推移

 

  • 働かなくてもお金がもらえる

この給与補償を申請した会社の従業員は、働かなくてもお金がもらえている。

コロナが始まって、これまで働くことで給与もらっていた人々のおよそ4人に1人がそれを体験した。直近のデータを見ると、8人に1人は今もその状態にあると考えられる。

最低賃金で働く人も、手取りでCHF2’500くらいは貰えるのだ。

実際に僕の周りでも週2回働いて、週5日は全て休み、あるいは週3日午後だけ勤務の人もいる。家で鼻糞をほじっていても、庭先に吊るしたハンモックに揺られていても、お金がもらえるのだ。今はロックダウンも外出自粛もないので、旅行も行ける。コロナによって国境が閉じられる可能性が常にあるから国外は難易度高いけど、国内であれば問題ない。

 

おそらくこの状況は日本では信じられないだろう。正直僕自身もあまり信じることができないでいるが、4月から実際に従業員に向けた資金が州政府から入金されており、今もこの状況は続いている。

 

暇でする事がないと訴える人もいるし、自分のやりたいことを加速させている人もいる。イノベーティブな人々はどんどん先に進んでいく。もちろんスイスでも行動する者と行動せざる者に分かれている。政府や行政官が優秀だから、もしかしたら将来そのツケを払わなくても済むかもしれない。それに怠けるとか怠けないとか言った議論は対して重要じゃない。

 

自分が幸せだと、他人が怠けていようがいまいが基本的にどうでもいい。

言えるのは、人々の暮らしはとても安定している。今の不安が取り除かれている事で、ストレスが少ない。社会保障が機能していることは、個人の生きる喜びをこれっぽちも阻害しない、むしろ貢献する。

 

スイスは世界的な健康と危機にうまく対応し、安定しており安全、という世界の富裕層からの評価によって、スイス大手8銀行の預かり資産は、2020年1月から6月に総額800億フラン(約9兆2千億円)増えている。タックスヘイブンと比べると税制は必ずしも有利ではないが、社会と経済が安定して安全という評価はこう言ったところにも波及している。

 

ちなみにスイスは世界で最もイノベーションが進んでいる国別ランキング「グローバルイノベーションインデックス」で10年連続1位になっている。社会保障はイノベーションやクリエイティビティの邪魔にはならずむしろ貢献しているように思う。

 

個人的には、もらっていてもいなくても、そういった社会に住むことで安心して生活する事ができるし、自分の人生に対して挑戦ができる。

自分に賭けてみようと思える。実は、個人の人生の質にも大きく影響を与えている。